MIHO LEGEND 美保伝説

美保伝説

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第9話 不撓不屈

2008年8月22日から24日に大箱根カントリークラブで開催されたキャタピラーレディスで愛娘美保は、ついにゴルフの心眼の境地を歩みはじめつつありました。

同年7月に地元熊本でミニキャンプを張り、体幹的にもアスリートの身体作りに励みました。
さまざまなスポーツ、野球・卓球・バトミントンをこなす中で普段使わない筋肉を鍛え、バランス感覚を養います。
また、地元熊本のテレビでは映像が放送されましたが、私がピンポン玉を投げ、美保が剣道の構えからピンポン玉を叩くトレーニングをしたり、ボクシングのミット打ちを取り入れバシバシミットを叩かせ、時にはヘッドギアを着けて二人で簡単なボクシングをしたりしました。
やはり美保は負けん気が強く、意地になって向かってきていました。

厳しいトレーニングに励み、臨んだ試合、初日69とまずまずの滑り出しです。
2日目は5バーディー、ノーボギーの完璧なゴルフで単独首位に躍り出ます。

最終日は朝からもの凄い雷と雨。試合は一時中断となります。
試合が11時40分に中断され、試合中止か再開かまだ分からない状況の中、待たされている選手は十人十色、様々な方法でリラックスしていたと思います。
自宅で応援していた私は、まずお馴染みのT.Iさんに電話。
T.Iさんとは、以前お話した美保の絶大なるファンであり、やんちゃな私を時々叱ってくれたり、励ましてくれたりしてくれる方です。また、癌撲滅の基金などに率先して参加しボランティア活動をしたり、とにかくまっすぐな人で、野球大好き人間で、私の生涯の親友だと私は思っております。
この方に状況を聞くと大雨でグリーンもバンカーも川の状態とのこと。私は内心「ずっとこのまま降ってくれないかなあ」と、少し弱気になっていた気がします。
しかし、「俺がこんな弱気ではいかん」と、首位を走っている美保にメールを送りました。「サスペンデッドの優勝を期待してはいけない。天は必ずお前に味方する。徳川家康の<人の一生は遠き道を行くが如し 急ぐべからず>決して最後まで気を抜いてはいけない。試合は必ず再開する」と。
フォロースルーの山下社長とも何度となく電話し、状況を報告してもらっていましたが、雨はやみそうにありません。

ようやく雨が落ち着き、13時41分に試合再開となりました。
試合は三塚優子選手、全美貞選手との三つ巴の戦いに、美保のこれまで培ってきたゴルフ道の心、すなわち「弱気は最大の敵」の言葉が甦えります。
首位発進の美保でしたが、一時全美貞選手に並ばれ、緊迫した戦いが続きます。
全選手は18番で痛恨のボギーを打ち、美保は苦しいながらもなんとか18番をパーセーブし、見事優勝となりました。
最終18番もそうですが、この日の美保は、絶対にボギーを打たないというゴルフを心がけ、また、それが出来たことは本当に成長した証拠です。

私が四国お遍路で「美保の心眼を開かせ給え」と祈った気持ちが少し通じているかの様な素晴らしい我慢の試合でした。
私はお大師様が少しづつ動いていらっしゃりご加護があることや、想像もつかない時間が流れていることを知るよしもなかったのですが、この後さらに2勝し、美保が賞金女王になるまでの道のりの中で、お大師様の恩恵を信じざるを得なくなります。このキャタピラーレディスはその序章にすぎませんでした。
だってもし、最終日がサスペンデッドになり、賞金額が減っていたら美保の賞金女王はなかったかもしれませんので。

最後に蛇足かもしれませんが、キャタピラーレディスの最終日に美保が着ていたプーマのレインウェアとスリクソンのキャップですが、かなり派手なものを身に着けていました。
ところが、優勝が決まり飛ぶように売れ、数日後には在庫が無くなってしまったそうです。優勝のインパクトとメディアの影響は本当にすごいですね。

次回は伊藤園レディスの話をします。

美保語録 弱気は最大の敵たい

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